世界で活躍するエストニアの人材は、日本でも知られてるICT分野にとどまらず、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、エレクトロニクス、宇宙開発、環境テクノロジーなど、様々な分野にわたっています。エストニアの研究開発の概要については、こちらのResearch in Estoniaが参考になります。
Research in Estonia のニュースをご覧いただくとわかりますが、本当に多様な分野で世界と研究成果を競っています。
わずか人口130万人の小国にもかかわらず、なぜ世界に通用する多様な人材を輩出し続けることができるのか。それはエリートが集まる大学教育だけでなく、初等・中等教育、職業訓練教育といった裾野の広い取り組みを見なければ全体像を掴むことはできないと思っていました。
ある日、たまたまバス停に貼られていたNoor Meister(日本語で若きマイスターの意味)というイベントのポスターが目に入りました。エストニア語のポスターだったのですが、そのデザインやキャッチコピーからどんなイベントか想像することができましたので、そこに行けば何かわかるかもしれないと考え、取材を申し込むとOKとの返事。そこで3月26日に開催されたNoor Meisterの会場に話を聞きに行きました。
その時取材に対応していただいたのがINNOVE財団のLiinaさんです。動画はイベントの歴史や概要、エストニアの職業訓練学校についてインタビューした時のものです。
この取材を通じ、INNOVE財団がエストニアの人材育成に深く関わっていることがわかりました。今後ますます人口減少が避けられない日本ですが、そもそも人口が少ないエストニアの教育システム、人材育成システムがどうなっているのかさらに深く紹介できれば、特に自治体レベルの産業振興関係者、人材育成関係者、教育関係者にとって参考になるのではないかと思い、INNOVE財団理事長のBirgit Lao-Peetersooさんと同財団国際協力センター長のLea Orroさんに話を伺ってきました。
左側が国際交流センター長のLea Orroさん
右側がINNOVE理事長のBirgit Lao-Peetersooさん
ESTLANDING:こんにちは。Noor MeisterではLiinaさんに取材にご協力いただき、ありがとうございました。早速ですがINNOVEの歴史や役割について教えていただけますか?
INNOVE:INNOVEは2016年で設立から20年になります。
当初は職業訓練を目的として組織されましたが、今では職業訓練だけでは無く一般教育にも関わっています。
INNOVEは私法:Private law(日本で言えば民法)に基づいた非営利財団ですが、The Ministry of Educatoinal research(教育研究省)によって設立されました。そういった歴史があるため、異なる省庁の代表者からなる管理機関があります。INNOVEは官と民の間にあり、資金は国から出ていますが、事業は全て私法に基づいて行っています。
あえて私法と述べているのは、公法である行政法に基づいた組織ではないということを強調する意味があると思われます。エストニアには経済分野に似たような形態の「エンタープライズ・エストニア」という組織がありますが、いずれも行政機関の役割を持ちながら、民間組織のような柔軟性を併せ持った組織と言えます。
主な役割は以下のようなものです。
INNOVEはStateカリキュラムの作成を行っています。Stateカリキュラムとは、国が作成するカリキュラムで、各学校はそれを採用し、それぞれのレベルにあったカリキュラムを作成します。およそ60のカリキュラムがあります。
また、各学校にどのようにしてカリキュラムをカスタマイズするか、その方法のアドバイスも行っています。
INNOVEは省庁と学校の間の立場にあります。省庁が定めたポリティカルレベルでのポリシーを、例えばカリキュラムなどの実践的な形で学校に伝えたり、アドバイスなどのサポートを行っています。
エストニアには約500の一般教育学校(小中高校)があります。PISAの結果を見れば分かると思いますが、教師1人当たりの生徒数が最も少ない国の一つです。これは生徒に対してきめ細かく対応ができるので、 このような品質面を維持するため、教育品質を測定する国のカリキュラムへつなげたいと考えています。 職業訓練学校については、教育の質を保証するために、専門分野の教育だけでなくStateカリキュラムにある一般基礎教育カリキュラムが必要となります。
INNOVEは各学校で国家試験やPISAの調査も行っています。ちょうど来週から数学のレベル測定のためのPISAテストが始まります。 PISAテストを見ると、エストニアの学生達は良くやっています。読み書き、数学、自然科学など。
私たちは今、システムを替えようとしている途中で、現在の所5つの国立ステートセカンダリースクールがありますが、これを全ての県に増やして全部で19の国立セカンダリースクールを持ちたいです。セカンダリースクールの入学試験は公式にはありませんが、例えばフランス語専門、数学専門の学校などはテストを行いがちです。それでも入学を許可するかどうかはテストの結果に基づく訳では無く、総合的に判断します。
ESTLANDING:省庁ではなく、財団が国レベルの教育カリキュラムの開発、運用、評価まで行うことは、エストニア独自のユニークなものですか?
INNOVE:この方法はエストニアのユニークな方法では無く、ヨーロッパでは一般的です。
ESTLANDING:現在力を入れている点、今後の計画などを教えてください。
INNOVE:エストニア人はCo-op(Co-operation) Skillを学ぶ必要があると言えます。Co-op Skillとは、ヨーロッパでは、「どうすればより分析的に問題を解決に導けるか」「チームワーク」などです。これらをどう教育するかが我々にとってのチャレンジといえるでしょう。
最初の取り組みは、個々の生徒を考察し、それぞれのスペシャルニーズを認知し最適な教育の道を持つことです。今1つの機関が、個々の生徒向けのサポートのためのカリキュラムを用意しています。
それぞれのカリキュラム、一般教育、職業訓練には共通のテーマがあります。例えばICTです。授業では各教科でICTを教師も使いますし、生徒も使います。例えば我々はe-testに基づいた小学3年生のテストを実施しています。e-testを受けるためには、小学3年生の時点でICTリテラシーを持っていなければならず、また教科の内容も理解している必要があります。そのための準備はかなり早くから始めておくべきで、小学1年生の時点で既にコンピューターを使って、生徒たちがどれくらい使えるかを見ます。 その結果から、生徒のICTスキルと教科の知識に関する分析を行うのです。
ICTに加えて、起業家精神がさらに重要になっています。起業家精神は、どうやって会社を興すかということだけでは無く、どうすればクリエイティブになれるか、どうやって良いアイデアを考え出せるか、というような広い意味です。エストニアでは、ダンス、手工芸、スポーツや遠足などをミックスしたカリキュラムを通じて、起業家精神の教育を幼稚園の頃から始めます。
そのほか、外国語も小学3年生から選択可能で、遅くとも小学5年生までに外国語の学習をスタートしなければなりません。中学の卒業試験では、外国語は必須科目です。外国語は選択制で複数の外国語を学ぶことができますが、90%の生徒が英語を選択しています。高校生になると第2外国語を選択しますが、現在31名の生徒が日本語を選択しています。
ESTLANDING:日本の教育機関との交流について興味はありますか?
INNOVE:もちろんあります。外国との交流はINNOVEの大事な役割の一つです。
特に日本が外国の技術やサービスを取り入れて、高度な改良を加えていく能力に興味があります。エストニアには外国から何か入ってきても、日本のように新しいモノといえるレベルまで改良するということはあまり行われていません。
交流の具体的なアイデアですが、まずクリエイティブな分野で何か交流できたらと考えています。例えば、「エレクトロニクス」や「機械」「ICT」に関連する何かの設計、デザインなど。ほかには、Noor Meisterのインタビューにもありましたが、エストニアの職業訓練で最も人気がある「自動車整備」と「料理人」。これらの分野で、何か一つの製品を共同で作るプロジェクトをやってみたらどうでしょうか。それが発展して大会のようになったらいいと思っています。
それと教育カリキュラムの交流に興味があります。これまで説明したように、エストニアの教育カリキュラムはINNOVEが開発しています。それと日本の教育カリキュラムのいいところをお互いに試してみると、何かいい結果に繋がるかもしれません。
ESTLANDING:本日はお忙しいところ、取材にご協力いただきありがとうございました。
エストニアの基礎教育システムを簡単に説明すると、
といった形です。
特徴としては、企業家精神の教育が幼稚園から始まる点ではないでしょうか。
「どうすればクリエイティブになれるか」「どうやって良いアイデアを考え出せるか」、これから先、時代がどのように変化しても、どれだけコンピューターやロボットが発達しても、このスキルは人間が担っていくことになるのでしょう。
そしてアイデアがひらめいた時、それを実現するために必要となるCo-op skillやチームワーク、現代の読み書きソロバン(英語&専門分野に必要となる外国語、数学&コンピュータースキル)を社会にでる前、大学に入る前までに身につけさせておくのがエストニア流。
そのエストニア流を支えるINNOVE財団は、カリキュラム作成、運用、テスト、フォローを通じて教育現場のPDCAサイクルを回し、教育の質を保証する機関だということも見えてきました。
それに加えて現在のエストニア社会には、企業家精神を発揮して新しいアイデアを実行するために不可欠な自由な空気がありますし、エストニアの人々と話していると、さらに良いアイデアを出そうというエネルギーを感じることがよくあります。もちろんネガティブな反応がないわけではありませんが、社会全体として企業家精神に対する理解が進んできているので、自然とそういう場を作り出しやすい雰囲気になっているのかも知れません。
いかがでしたか。
エストニアの挑戦はまだまだ続きます。その取り組みを紹介することで、日本の皆様にとって何かの参考になればと思います。
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